連日報道が繰り返されている新型コロナウイルス問題。中国での被害拡大やクルーズ船での集団感染といったニュースに加え、頻繁に取り上げられるのが「マスクが品薄になっている」という話題だ。
海外からやってくる未知の感染症への不安などから、消費者の間ではマスクを買い占める動きも出てきている。ネット上では高額転売をもくろんでフリマアプリなどに出品する悪質なケースも登場。こうした買い占めに至る消費者心理について、専門家は「テレビを始めとしたメディア報道がマスクの『希少性』をあおっている点が大きい」と分析する。
医師「医療現場でマスクの納入ストップ」
厚生労働省は2月、薬局などの団体に対して買い占めや備蓄などを控えるよう指示を出した。大量・高額でのマスク出品が相次いだフリマアプリ・メルカリでは、運営側が「社会通念上適切な範囲での出品・購入にご協力を」「お客さまのお取引の状況によっては、事務局から入手経路を確認させていただく場合や、商品の削除・利用制限等を行わせていただく場合も」ある、と異例の表明を行った。
ただ、この買い占め騒動は既に、特にマスクが日常的に不可欠な医療現場で徐々に影を落とし始めているようだ。
医師向け転職・求人サイトを運営するエムステージ(東京都品川区)は、会員の医師約200人に2月6日〜9日、ネット上でアンケート調査した。「一般用・医療用マスクや消毒液不足により業務に支障はあったか」という質問に対し、13.6%が「はい」と回答。医師たちからは「納入がストップして、1カ月5枚の配給制になった」「1人1日マスク1個に制限」「マスクをつけずに外来するように言われてしまった」など、勤務先の医療機関で苦慮している声が寄せられた。
エムステージの担当者は「現在、そこまで支障を感じているという回答は多くはない」と前置きしつつ、「医師の回答を見ると、『コロナウイルス以外の感染症対策のためにもマスクが必要なのに……』といった声が目立つ。医療機関はマスクを一括購入するため(購入数の)母数が大きい。一般用と別の流通であっても、買い占めなどの影響を(今後)さらに受ける懸念がある」と分析する。
では、マスク不足騒動の背景にある買い占めは、どんな心理メカニズムで発生するのか。
「制限されるほど欲しくなる」心理
情報行動やメディア効果などを研究する東京大学大学院情報学環・学際情報学府の橋元良明教授(社会心理学)は「人は自由を制限されている時に自由を回復したいと考え、制限されている物に、されていない時よりも強い欲求を感じる」と説明する。
これは「心理学的リアクタンス(心の反動作用)」という説で、「被験者がレコード曲を4種類聞かされ、その内の1枚が入手困難であると告げられると、その曲に対する好みの度合いが上昇する」といった実験結果が知られている。この作用の中でも、特に買い占め行動との関連を橋元教授が指摘するのが「希少性原理」だ。「『あと1つしかないよ』と(商品の)希少性をあおると、購買希望者が増加するなど、セールスの現場でも応用されている」。
こうした買い占め騒動の代表例として橋元教授が挙げるのが、1973年のオイルショック時に発生した「トイレットペーパー騒動」。「こうした災害時などには、ほとんど常にと言っていいほど飲料水や食料、日常品の買い占めが問題になる。希少性原理によって『大事な物が無くならないように早く買っておこう』という心理が働く」(橋元教授)。
加えてこうした状況下では、買い占めによって商品価格を釣りあげようとする動きも出てくる。橋元教授によると、1970年代には数の子が「黄色いダイヤ」とされて珍重され、買い占めを図った水産専門の商社がその後、逆に過剰在庫のせいで倒産する事件まで発生したという。
では、今回のマスク買い占めを引き起こした「希少性原理」の発生源は何か。橋元教授はまず、買い占めの主体である消費者像について「恐らく、日常的に健康に気を遣い、風邪やインフルエンザに不安を抱いている層。特に家族の健康を気にする主婦層などが、購入して着用させている場合が多いのではないか。乳幼児を持ち罹患を危惧するその親や、脆弱な高齢者の介護者が特に、敏感になってマスクを求めている可能性がある」と分析する。
多くは感染の不安や家族の健康への配慮など、善意や思いやりから発したとみられる今回のマスク買い占め。そのマスクの「希少性」を消費者の間で高めている要因として橋元教授が重要視するのが、連日のメディア報道だ。
「マスクの危機」あおるテレビ
「コロナウイルスへの恐怖が(買い占めの)下地にあるのは言うまでもないが、メディアが『マスクは必須』といった内容にとどまらず、『各地で売り切れ』『ネットで高値で販売』などと盛んに報道し、その希少性を広く過剰に認識させている点が大きい」(橋元教授)。
特に橋元教授が今回、強い影響力を与えているとみるのが、テレビだ。社会心理学では、テレビや新聞が特定の話題を多く報道することで、「このニュースは注目すべきテーマだ」などと世論を形成する「議題設定効果(機能)」という説がある。
「テレビは映像でマスクをしている人々の様子や、必要性を説く専門家コメントを伝え、『マスク』という存在を強く認識させた。さらに、報道・情報番組でトップ扱いで報道しているため、『これが日本で一番人々が関心あるニュースなのか』『自分も今すぐ行動しなければ』という認識を人々に持たせ、思考回路の中でマスクが非常に大きな部分を占めるようにしている」(橋元教授)。
多くのニュースの中でも「人々が特に関心を持つだろう」とテレビが選択して伝えているマスク関連報道。これらが逆に、視聴者の「マスクに危機感を持つべき」という認識を強化している、というわけだ。加えて橋元教授は、ネット上のニュースも特に若年層の危機感を加速する効果をもたらしている、とみる。
マスクの需給実態、冷静に報道を
では、消費者に冷静な行動を促すにはどうすべきか。橋元教授は「実際にマスクは品不足になっているのか、需給状況の実態をメディアが正しく、冷静に報道する必要がある」と指摘する。実際、オイルショック時も日本に石油の備蓄は十分にあり、「消費者が適切にトイレットペーパーを購入すれば、不足する事態にはならなかっただろう」(橋元教授)。
医療職以外の一般人にとって、1人で1日に大量の枚数を使うことはちょっと考えにくい商品、マスク。「大量の買いだめは本当に必要?」と消費者側が考え直すと同時に、テレビをはじめとしたマスメディアも、その「希少性」をあおらないための冷静で客観的な報道が求められている、と言えそうだ。
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