マスク着用によって新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ効果が徐々に示されてきていますが、感染予防だけでなく「重症化を防ぐ」効果もあるのではないかという仮説が注目されています。
マスクを着けると新型コロナの重症度が下がる?
世界的な医学誌であるNew England Journal of Medicineに興味深い論説が掲載されました。
この「Facial Masking for Covid-19 - Potential for “Variolation” as We Await a Vaccine(新型コロナに対するマスク着用- ワクチンを待つまでの「種痘」の可能性)」というタイトルの論説は、マスク着用による重症化予防効果の可能性について紹介しています。
新型コロナ以降、無症状者を含めて全ての人がマスクを着用する「ユニバーサルマスク」が推奨されるようになり、その有効性についても徐々にエビデンスが蓄積されつつあります。
しかし、これらはすべて「感染そのものを防ぐ」効果であり、重症化を防ぐ効果ではありません。
マスク着用によって新型コロナの重症化を防ぐというのは、どのような理論によるものなのでしょうか?
前回の「マスクが新型コロナの重症化を防ぐ、という仮説」という投稿以降に、その反論や、反論に対する筆者の回答が掲載され、またその他の研究結果も明らかになってきましたので、現時点でのエビデンスについて追記しました。
新型コロナウイルスに曝露する量と重症度は相関する?
曝露とはウイルスなどにさらされることを指します。
古くから基礎の研究者は動物実験の際に「曝露された宿主(動物)の50%が死亡するウイルスの致死量(LD50)」という概念を用いてきました。
LD50とは、例えば「◯◯ウイルスを10の8乗コピー体内に注入すると、半分のマウスが死ぬ」という場合のウイルスの量のことです。
一般論として、動物に最初に曝露させるウイルス量が多いほど、その動物は重症化しやすくなることが知られています。
新型コロナでも、ハムスターに曝露させるウイルス量が多いほど、そのハムスターは重症化しやすいということが、東京大学医科学研究所の河岡先生らのグループから報告されていますし、その後フェレットでも同様に曝露したウイルス量と重症度との関連が示されています。
こうした実験はなかなか人間にはできませんが、インフルエンザウイルスをボランティアの人間に曝露させた研究があります。
この研究では、曝露させたインフルエンザウイルスの量が多ければ多いほど、インフルエンザの重症度が高くなり、症状の持続期間も長くなったという結論でした。
直接曝露したウイルス量との関係を示せているわけではありませんが、3密の環境で感染した集団(推定されるウイルス曝露量が多い)と、距離や換気が保たれている環境で感染した集団(推定されるウイルス曝露量が少ない)とを比較して、前者の方が重症化した頻度が高かったという報告があります。
マスクが飛沫を濾過することで、ウイルスの曝露量を減らすことができる
新型コロナウイルス感染症の重症度を決定する上でウイルスの曝露量が関連しているとすれば、マスクを着用することで曝露されるウイルスの接種量を減らすことができれば、重症化を防げるかもしれない、ということになります。
先日、東京大学医科学研究所の河岡先生らのグループが、新型コロナウイルスを用いた実験で「マスクを着用することで、吸い込むウイルスの量は布マスクでは17%、サージカルマスクで47%、N95マスクでは79%減った」ことを発表しました。
これはマスク着用によって、新型コロナウイルスの曝露量が減少することが示された初めての報告です。
マスクの種類によって効果は異なりますが、多くのマスクは飛沫を濾過することができるため、ウイルスを含む飛沫の量を減らすことでウイルスそのものの曝露量も減らすことができるかもしれません。
ちなみに、マスクの種類による飛沫の濾過効果の違いを見た別の研究では、ほとんどのマスクは医療従事者が用いるサージカルマスクやN95マスクとそれほど遜色のない濾過効果があると報告されています(ただしバンダナやネックゲイターは何も着けていないのとほぼ同じくらいの効果しかない)。
マスク装着で感染したハムスターが軽症に
ハムスターを使った実験でもマスクの効果が報告されています。
新型コロナウイルスを感染させたハムスターと、感染していないハムスターを直接接触できない同じ環境に入れて、感染が成立するかどうかを検証したものですが、どちらもマスクを使用していなければ15匹中10匹(66.7%)で感染が成立したのに対し、感染していないハムスターがマスクを着けていたら12匹中4匹(33.3%)、感染したハムスターがマスクを着けていたら12匹中2匹(16.7%)に感染が成立したということで、マスクに新型コロナウイルスの伝播の予防効果が示されたものです(ちなみにこの実験では本当にハムスターがマスクを着けたわけではなく、お互いの柵の間をマスクの素材で仕切ることで擬似的環境を作っています)。
さらにこの研究では、通常ハムスターが新型コロナウイルスに感染すると重症化することが多いのに対し、マスクを着けて感染したハムスターは軽症であったことも報告されており、マスク着用によって暴露するウイルス量が減ることで、予防効果だけでなく重症化阻止効果もある可能性が示唆されています。
マスク着用者が増えることで、無症候性感染者が増えている?
「無症状の人も含めてマスクを着用する」という考え方をユニバーサルマスク(Universal Masking)と言いますが、このユニバーサルマスクの考え方が浸透することで、新型コロナの重症度が下がっているのではないか、とGandhi氏は主張しています。
CDCは7月中旬時点で感染者全体のうち無症候性感染者の占める割合は40%と見積もっていますが、ユニバーサルマスクによってこの比率が80%以上になると言うのです。
確かに、新型コロナの流行初期には、無症候性感染者の割合は15%程度と見積もられていました。
ダイアモンド・プリンセス号で発生した大規模なクラスターでも無症候性感染者の割合は18%と推測されています。
一方、別のクルーズ船で発生した最近のアウトブレイクイベントの報告では、船内で最初の新型コロナ患者が報告された後、すべての乗客にサージカルマスクが配布され、すべてのスタッフにN95マスクが提供されています。最終的に乗客乗員217人のうち128人が感染しましたが、船内の感染者の大多数(81%)は無症状のままだったとのことです。
アメリカの食品加工工場で最近発生したアウトブレイクでは、すべての労働者に毎日マスクが配布され、マスクの着用が義務付けられていましたが、500人以上の感染者のうち無症候性感染者の割合はなんと95%で、軽症~中等症の症状が出たのは5%に過ぎませんでした。
ただし、こうした無症候性感染者の比率は、集団の平均年齢や基礎疾患を持つ人の割合などが関連する可能性があり、一概にマスクの効果とは言えないかもしれません。
マスク着用だけでなく、他の感染対策も一緒に
マスクが新型コロナの感染予防だけでなく、重症化も防ぐかもしれない、という仮説をご紹介しました。
これまでの議論をまとめると、
・感染症の重症度は曝露するウイルス量によっても左右される
・新型コロナでもハムスターやフェレットなどの動物実験で、ウイルス量と重症度との関連が示された
・マスク着用によって新型コロナウイルスの曝露量が減ることが実験で示された
・マスク着用によってハムスターが軽症化することが報告されている
・ユニバーサルマスクが定着してから、無症候性感染者が増えている?
となります。
もし本当にマスクが重症化まで予防してくれるのであれば、大変ありがたいことです。
世界的にも新型コロナによる致死率は低下傾向にありますが、もしかしたらその一部はユニバーサルマスクによる恩恵があるのかもしれません。
しかし、この仮説はまだ科学的に証明されたものではありません。
この仮説に対する反論でも「現時点で根拠が十分ではない仮説を過信するあまり感染対策が不十分になること」について警告しています。
マスクをつけているから自分は安心、と思わず基本的な感染対策もおろそかにしないようにしましょう。
ご自身の感染予防のためにはマスク着用だけでなく、3密を避けること、手洗いをこまめに行うことが重要です。
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October 25, 2020 at 08:22AM
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