コロナ禍以降、マスク生活を送っていると、いつの間にか無意識にマスクの良し悪しを判断するようになった。自分なりの定番マスクを決めていくのが当たり前のようになっている。
我が家では奥さんの意向もあって基本的には白の不織布マスクをいろいろ試していたのだけど、その中では国産のマスクが最も化学繊維っぽい臭いが少なく、密閉感もあると感じていた。
中でも、ミネベアミツミ製の不織布マスクは、試した範囲では最も密閉感があり、臭いが全くなく、耳に優しい付け心地で、我が家の定番になった。
価格は安くないが高くもない。25歳になる息子が「着けていて息をしやすいけど、深呼吸すると苦しい」と言うくらいなので、密閉感も私の気のせいではないのだろう。そんなわけで気に入って使っている。
ただ、他のマスクとの違いがどこにあり、何が「良い」と感じさせているのかという疑問は、使っているだけでは分からない。ということで、ミネベアミツミに取材を申し込み、マスク作りについて聞くことにした。
分かりにくいけれど面白いモノたち
ITから文房具まで幅広く活躍するベテランライター、納富廉邦さんが言語化しづらいけど面白いガジェットやサービスを分かりやすく解説していきます。
そもそも、ミネベアミツミは超精密機器の部品や超精巧なボールベアリングなどで有名なメーカー。一般な知名度は低いものの、製造業界では知らない人がいないほどの会社なのだが、マスクとは何の関係もない。ただ、シャープがマスク製造に乗り出したように精密機器メーカーとマスクは相性が良いのかもしれない。
工場を止めてはならない
始まりは社長判断だった。「2020年1月に新型コロナのニュースが入ってきたとき、これはマズイと、社長がリーダーとなってマスク製造の組織作りが始まりました」とミネベアミツミの石川尊之氏(広報・IR室次長)は話す。
石川氏は2003年のSARSの流行当時に中国支社にいて感染症対策を経験していた。新型コロナのニュースを聞いても、SARSのときほどのことはないだろうと思いながらも対策を徹底。SARS以来、備蓄していたマスクを各国の工場に配って、マスクの着用を徹底した。
ミネベアミツミの製品は医療現場でも多く使われているため、医療が逼迫するであろう事態に向けて、工場が止まる事態は避けたかった。マスクの備蓄は多すぎるくらいあったので、国内のマスク不足にも影響を受けずに済んだ。
とはいえ、マスクの備蓄は無尽蔵ではないので、徐々に足りなくなってくる。そこでまず、社員とその家族に配る分だけでも自社で製造しようということになった。初動が早かったこともあって、2020年4月には生産を開始、5月には生産量も安定し、10万人の社員に配る以上の生産が可能になった。つまり、もともとは自社の社員を守るために作ったマスクなのだ。
決め手はハイスペックなクリーンルーム
それを可能にしたのは、精密機器メーカーならではの、ハイスペックなクリーンルームを持っていたということが大きかったという。
「スマホやPC、医療機器向けの部品やボールベアリングなど、精密さが要求される現場ですから、クリーンルームもレベルが違うのです。マスク以上にホコリやチリなどの影響を受けやすい部品を作っているわけですから」と石川氏。
これにミネベアミツミが長年培ってきた製造業のネットワークによる材料の調達力や、アセンブリの能力の高さが組み合わさることで、高性能なマスクの製造が可能になった。
高いフィルター性能
このマスクに使われているフィルターは、VFE(ウイルス飛沫ろ過効率)、PFE(微小粒子ろ過効率)、BFE(細菌ろ過効率)がともに高く、ウイルス飛沫も微小粒子も細菌も99%以上カットできる。これは、PM2.5のカットも可能な性能だ。この数値は、ミネベアミツミが米国のネルソン研究所に試験を依頼して得たものだという。
工場で働く人たちに使ってもらうものなので、着け心地の良さも重要だ。「着け心地のチェックをしていて、壊れにくい、外れにくい、ゴムが痛くない、この3つがとても大切だということに気が付きました。そのために試行錯誤を繰り返してフィット感や耳ひものゴム選びや付け方、肌に優しい素材感、呼吸のしやすさなどを研究。優しい着け心地にはこだわりました」という石川氏の言葉は、私が使い続けて感じていたことと一致する。
着脱を繰り返してもゴムが切れないし、サイドのフィット感がとても良くて、ほとんどすき間ができない。メガネを掛け、耳掛けタイプのイヤフォンを付けた上にマスクもしていても、耳が痛くないどころか、耳にマスクのゴムが掛かっていることを忘れて、イヤフォンを外そうとしたりするくらい、耳への負担が少ない。
ミネベアミツミの広報の女性も、当初はデザイン性などを考慮した他のマスクを使っていたが、着け心地の良さから普段使いは自社のマスクにしたと話していた。
「もともと自社向けに、従業員を感染させたくないという目的で作ったものですから、とにかく真面目に、よそ見せずに作ったのが良かったのだと思います。会社から配るものですから、プライドとしても感染させたくなかったのです」と石川氏。ただし、その分、性能を上げることに貢献しない部分でコストが上がるようなことはしない、ということで、ファッション性などは考慮しなかったという。色は白が最もコストがかからなかったのだそうだ。
形状も、現在、立体的な造形のものや、口の前の空間を広く取れるタイプなど、さまざまなものが登場しているが、性能面を追求した上で、最も無駄なコストがかからない形状として、比較的スタンダードなデザインに落ち着いたのだという。
この形状が、最も「壊れにくく、外れにくく、ゴムが痛くない」マスクを作るのにも向いているという結論だった。オーソドックスな形状ではあるけれど、それだけ信頼性が高いということでもある。マスクは新型コロナ登場以前から作られているわけで、積み重ねの上に、そのデザインがあるのだ。
Amazonで販売するも偽物が出回る
その結果、中国やヨーロッパを含め、ミネベアミツミの工場は、どこも感染者を出さず、工場を止めずに済んだという。その実績を踏まえ、社会貢献の意味もあって、ミネベアミツミは生産力を上げて、マスクの一般販売を始めた。
「社会貢献でもありますし、開発も自社向けに行ったことなので、ほぼもうけが出ない価格設定で販売を開始しました。やはり国産であるということが重要でしたから、浜松の工場で作ったものを販売することにしました」と石川氏。
当初はAmazonなどで販売していたが、粗悪だが安価な偽物が出回ってしまい、それでは自社の製品に傷がつくといったん、販売を停止。その後、自社のECサイトを立ち上げて、マスクの販売を始めた。私が使い始めたのも、その頃からだ。
その後、さらに効率化を進め、生産量を増やすことに成功して、価格を改定。現在の50枚2420円(税込)として、さらに女性や子ども向けに「小さめサイズ」(価格はふつうサイズと同じ)も発売。
面白いのは、その後、2021年7月から発売を開始したタイ製の「グッドプライス」だ。このマスク、全く同じ材料、同じレベルのクリーンルームと同レベルの技術、同じ機械を使ってミネベアミツミのタイ工場で作ったもの。これを50枚1485円(税込)で販売しているのだ。
「日本製はどうしてもコストがかかります。材料に良い物を使っているので、価格が多少高くなるのは仕方ないのですが、外国で売るには、やはり、かなり高いのです。そのため、生産ノウハウもできてきた2020年12月には、米国で使うものは現地の工場で生産を始めました。米国ではAmazonでの販売も行っています。さらに2021年4月にはタイ工場での生産も始めました」(石川氏)
実はミネベアミツミの工場で最も大きいのはタイ。世界中の従業員10万人の3割がタイ工場で働いているという。「そのためミネベアミツミの知名度も高く、ミネベアミツミ製のマスクというとインパクトも大きいので、タイで売る分はタイ工場で作ることにしました。それでもタイの物価からすると高いのですが、それなりに人気です。そのタイ製のマスクを、日本で売ることにしました」と石川氏は説明する。
このタイ製のマスク、ブラインドテストをしてみたが、少なくとも私には全然違いが分からなかった。同じ設備、同じ技術、同じ材料で作っているのだから、それは当たり前なのだが、タイで作っているというだけで、価格は50枚あたり1000円程度安くなる。
個人的には、このタイ製の方に切り替えてもいいなと思っているのだが、国産の方が安心という層はいるわけで、浜松工場製の販売も並行して行われている。「小さめサイズ」は国産のみの販売だ。
ミネベアミツミはマスク工業会にも加入し、現在策定中のマスクのJIS規格にも医療用規格で申請中。こうやって取材をして、自分でも使い続けて、ようやくその良さと背景が何となく分かる。マスクは身近にありながら、性能の違いやメーカーごとの違いなどが分かりにくい製品だ。
それだけにJIS規格の策定はユーザーにとって助かる話だ。「超精密技術と大量生産技術の両方を持っているウチならではのマスクだと思います」と石川氏。
量産されなければ意味がないけれど、雑に作ってもダメな製品というのは、なかなか厄介なものだが、マスクにはまだしばらくお世話にならなければならないだろうし、コロナ収束後も身近なものであり続けるだろう。
マスクについては今後もウォッチを続ける必要がありそうだ。それはそれで「モノの進化」的な視点からも面白い。
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