現在放送中のNHKの連続テレビ小説「おちょやん」(月~土曜午前8時)で、ヒロインの竹井千代を演じる女優杉咲花(23)には寝る前のルーティンがあります。昨年12月4日放送の「第5話」、千代が家族と別れ、奉公に出るとき、弟のヨシヲが「ねーやん! ねーやん! ねーやん!」の大声で叫ぶシーンをVTRでみることです。演じる上での「原点」を忘れないためです。
物語は明治の末に大阪・南河内の貧しい家庭に生まれ、9歳で大阪・道頓堀の芝居茶屋へ奉公に出されたヒロインが、芝居に魅了され、喜劇女優となり、「大阪のお母さん」と呼ばれるまで成長していく姿を描きます。戦前から戦中、戦後にかけた昭和の激動期が舞台で、上方の大女優、浪花千栄子がモデルです。
10代後半からの千代を演じる杉咲はルーティンについてこう話します。
「小さいころに弟のヨシヲと生き別れになった。千代はまたいつかヨシヲと再会することを目標にいろんなことに踏み出していく。ヨシヲの存在を忘れずにいたい。毎日寝る前に、スタッフにいただいた映像を見てから寝るようにしています」
どれだけ険しい道だとしても、くじけずに歩いていく。不幸や悲しみを糧にして笑顔に変えていく力強さと明るさ。杉咲の演技に生きる力を感じる人も多いでしょう。
悪ふざけや人が困った姿を見て笑うのではなく、物語の流れで泣けて笑えるのが喜劇です。関西の喜劇は少し湿り気をおびた「泣き笑い」にあると言われています。
だれもが不幸や不運に合うと、つらくなります。「もう前へ進めないかも…」「なぜ、自分だけが…」。悩みは深まり、人知れず泣くこともあるでしょう。でも、落ち込んでいる自分をもう1人の自分が「泣き続けていたら、前に進めないゾ」、悲劇の主人公の自分を「どこか滑稽だなぁ」と、笑えるようになったとき、1歩前に進めます。
千代は人の何倍もつらい経験をしますが、悲しい出来事にもしっかり向き合います。だからこそ、喜劇女優として人に笑顔を届けることができたのかもしれません。いくつものつらい体験の中でもヨシヲとの別れのシーンが原点なのかもしれません。
新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)で日本は経済、社会で大きな打撃を受けました。悲しい思いをした人や、しんどい思いをした人もたくさんいます。新年はコロナ禍をそのまま持ち越して明けました。
「笑いと悲しみは紙一重というせりふが劇中に出てくる。まさにそうで、楽しい場面で涙が出たり、悲しい場面がいとおしく思えたりする。こんな時期でみんな苦しいことがいっぱいあるはず。この作品で『あとちょっと頑張ろう』と考えてもらえるんじゃないかと思います」
浪花が揮毫(きごう)する字は「夢」でした。自叙伝「水のように」には、芝居と読み書きがかなうこと、その夢を実現するために働いて働いて成長してきたと記しています。
杉咲にいまの夢を聞いてみました。
「台本を読むと、すてきなシーンがいっぱいあって、同じぐらい悲しいシーンもいっぱいある。全部、演じるのが楽しみな半面、ちゃんと、演じきることができるかなという不安もある。いまは1つ1つのシーンを撮りきることが夢です」
新年は4日から「京都編」が始まります。悲しみを胸に秘め、千代が喜劇女優の階段を駆け上がっていきます。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)
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