16年前、ソフトウェア開発者のジェレミー・ヴォートは、「@music」というTwitterアカウントを作成した。その目的は、もちろん音楽に関するニュースやストーリーを集めてまとめたり、共有したりするためだった。
その後、ヴォートは数万件のツイートを投稿し、1,100万人以上のフォロワーを獲得した。ところが2023年8月初め、Twitter(現在はXにブランド変更)が彼のアカウント名を取り上げてしまった。ヴォートがこのプラットフォームに投稿したXからのメールには、何の説明もなく、ほかの3つのハンドルネームの中から1つを選ぶことができると書かれていた。その3つのアカウント名、@music123、@musicmusic、@musicloverはすべて、ほかのユーザーが保持しているものだったため、おそらくそれらもユーザーから取り上げたものに違いなかった。
「誰かが自分のアカウントを取り上げられ、別のアカウントを取り上げることが許されるという事態が、永遠に続くような気がします」と、ヴォートは言う。「その行き着く先はどこでしょうか?狂っています」
その後、ヴォートには「@musicfan」が割り当てられた。
基盤をつくったユーザーへの敬意がない
このようなアカウント名の没収は、Xの利用規約の範囲内で問題なく可能なのだ。同社は、音楽から動画や金融まで、あらゆるものを扱う「スーパーアプリ」に変わろうとしている過程にあり、今後も新しいビジネスラインに関連するアカウント名の所有権を主張する必要が出てくるだろう。しかし、人気のあるアカウント名を一方的にユーザーから奪うことは、ビジネスに悪影響を及ぼしかねない。それは、マスク傘下のXがTwitterから“Twitterらしさ”をつくっていたものを剥ぎ取っていることを示す、もうひとつの証拠であるかもしれない。
「そこでブランドを構築しようとしている人々は、間違いなく躊躇すると思います」と、ヴォートは言う。「自分が取り組んでいるものが奪われない確信が持てない状態というのは、問題として大きすぎます」
Twitterの成功は、フォロワーを増やし、共通の関心事を中心にした有機的なコミュニティを形成してきたヴォートのような人々の努力の上に築かれたものだ。ヘイトスピーチの急増、認証に関するポリシーの変更、そしてもちろん世界的に認知されているブランドを「X」という一文字のために捨ててしまったことに加え、今回の高圧的なハンドルネームの強奪によって、Twitterはますます“1人のユーザー”のための場所になりつつあるという印象が強まっている。そのユーザーとは、マスク自身である。
「マスクは誰が何と言おうと、このプラットフォームを自分のファンが、ただ彼に賛同するだけの場所に変えることを望んでいるように思えます」と、フラートン・ストラテジーズ社のCEOで、以前はウィーワーク社のコンテンツマーケティング担当副社長を務めていたティム・フラートンは言う。「Twitterを、Twitterたらしめてきたユーザーたちに対する攻撃が続いています。マスクには、Twitterの基盤となっているユーザーたちに対する敬意がありません」
Twitter Blueがコミュニティ浸食の始まり
Twitterを買収する前、マスクはこのプラットフォームのスーパーユーザーだった。現在は1億5,200万人に達しているオーディエンスに向け、これまでに約1万9,000回ツイートしてきた。つまり、マスクがこのアプリで経験してきたことは、大部分のユーザーの経験とは根本的に異なっていた可能性が高い。平均的なTwitterユーザーのフォロワー数は707人で、1人のフォロワーも持たないユーザーも多い。マスク以前のTwitterでは、ツイートの約80%が、わずか10%のTwitterユーザーによるものだった。
認証マークは、一般ユーザーが、フォローする価値のあるアカウントを見極めるのに役立った。Twitterがこの青いチェックマークを考案したのは、大リーグ「セントルイス・カージナルス」のマネージャーがパロディアカウントを巡って、Twitterを訴えると脅したことがきっかけだった(現在ではInstagramやTikTokなどほかのプラットフォームでも、認証ユーザーを示すために使われている)。それ以降、このマークは、セレブリティ、ジャーナリスト、政治家などの著名人のほか、ブランドや、特に多くのフォロワーを持つアカウント(@musicなど)が本物のアカウントであることを示すために使われてきた。
認証アカウントについて、フラートンは「より多くの人々がTwitterを利用し続ける原動力となっているコンテンツの大部分を生み出し、利用者数の増加に貢献しているユーザーたちのものでした」と説明する。
しかし、マスクのようなインフルエンサーにとっては、青色のチェックマークは価値のある“商品”だったようだ。このマークを取得するためなら誰でもお金を払うだろうと考えたマスクは、12月に有料の「認証」プログラムである「Twitter Blue」を立ち上げ、それまでのような“実績に基づく”仕組みを改めた。
それが、Twitter人気をつくってきたコミュニティを侵食する第一歩だったと、フラートンは言う。
シミラーウェブ社のレポートによると、3月にこの月額8ドルのサービスを申し込んだ人は、11万6,000人だけだった。このプラットフォームでもともと認証されていた30万個のアカウントのうち、ブルーの認証マークを維持しようと新たなサービスに加入したのは、5%にも満たなかった。また、Mashableの記事によると、Twitter Blueをサービス初月に申し込んだ44万4,435人のうち、約半数がフォロワー数1,000人未満のユーザーだったという。
認証マークの廃止は、ほとんどのユーザーによって各アカウントや情報が本物かどうかを簡単に見分けられるようにする、重要な目印がなくなってしまうのと同義だった。それまでTwitterでヘイトスピーチやフェイクニュースに関するポリシーを策定・実施してきた信頼・安全性部門のスタッフの大半を解雇したことも問題を悪化させ、このプラットフォームをリアルタイム情報源やニュースソースとしてますます使えないものにしてしまった。
オーストラリアの国営放送局ABCは今月、「有害性」を理由にこのプラットフォームから撤退しようとしていることを表明し、大手報道機関による同様の動きの最新事例となった。
マスクは今とは違うユーザーを取り込みたい?
今でもXの最大の収入源は広告だが、広告主にとってヘイトスピーチやフェイクニュースの増加は大きな問題である。マスクがオーナーになってから最初の半年で、Twitterは広告収入の半分を失った。
以前は、認証済みのアカウントや組織は、Twitterのスタッフによって信憑性や正当性が審査されていた。それらのアカウントは、料金を払わなくても、特定のテーマに関する会話を促進することができた。彼らが推進するコミュニティやエンゲージメントは、Twitterを広告主にとって魅力的なものにしている要素の一部だった。
「(以前の認証ユーザーが)かつてのようにトラフィックを得られていないことは明らかです。今の状態はごちゃまぜで、人々が見たいと思うようなものになっていないからです。人々はニュースを見たいのです。政治家やスポーツを見たいのです」と、フラートンは言い、こう続けた。「グラミー賞やゴールデングローブ賞のようなイベントがあると、以前は適切に規制されていたロバート・F・ケネディ・ジュニアのようなひどい右翼たちが、フィードをゴミで散らかしています」
マスクは、広告収益分配プログラムを使ってインフルエンサーたちを引き込もうとしてきたが、対象になるにはTwitter Blueユーザーになることも条件になっている。しかし、アンドリーセン・ホロウィッツの元パートナーでアナリストのベネディクト・エヴァンスがツイートで指摘したように、@musicのハンドルネームを没収したことが、「基本的にまともな考えを持つクリエイターがTwitterの収益化サービスに投資しない理由」なのだ。
非営利の監視団体メディア・マターズ・フォー・アメリカ(MMA)の調査で、広告収益分配プログラムが右翼の陰謀論者たちの収入源になっていることが分かった。MMAが特定したユーザーの1人、ドム・ルクレは、Qアノンの陰謀論を定期的に発信している人物だ。
マスクはツイッターを引き継いだ直後の22年12月、それまで締め出されていた右翼インフルエンサーや人身売買で起訴されたことのあるアンドリュー・テイトなどのTwitterアカウントに対し、恩赦を与えることを発表した。
こういったユーザーは、昔からのTwitterユーザーにとって理想的なコミュニティではないかもしれない。しかし、リッチモンド大学ロビンズビジネススクールのマーケティング講師、ビル・バーグマンは、マスクはTwitterの現在のユーザーを引き留めたり引き入れたりしようとしているわけではなく、異なるユーザーたちを取り込みたいのだろうと指摘する。
「現在の方向性を考えると、マスクはフォロワー数400人の株式アナリストであるわたし、ビル・バーグマンのようなユーザーが何を考えていようが、気にしていないような印象を受けます。ビル・バーグマンが知っているようなTwitterは、もはや存在しないからです」。しかし、次に何が起きるかは(不運に見舞われそうなスーパーアプリを除いて)はっきりしない。
バーグマンは、ツイッターが大げさなくらい一貫してニュースで取り上げられていることについて「かなりいい」プロモーション戦略だと続ける。
「マスクはすべての広告主を恫喝し、不愉快にさせたのでしょうか?そのとおりです。このプラットフォームを20年にわたり利用してきたすべてのユーザーを恫喝し、不愉快にさせたのでしょうか?そのとおりです」と、バーグマンは言う。「しかし、彼はそんなことなど気にしていないようです」
(WIRED US/Edit by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるソーシャルメディアの関連記事はこちら。
からの記事と詳細 ( Twitterのよさとは何だったのかを、イーロン・マスクはまるでわかっていない - WIRED.jp )
https://ift.tt/AFNpPjk
No comments:
Post a Comment