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Friday, May 31, 2024

手塚治虫の知られざる傑作「サンダーマスク」 - 日経ビジネスオンライン

kuebacang.blogspot.com

 私の本棚には、『手塚治虫漫画全集』(講談社)が並んでいる。といっても全部ではない。同全集は1976年から1984年にかけて100巻を1期として3期全300巻が出版されて一度完結した。さらに手塚没後の1993年から第4期100巻の出版が始まり、1997年に全400巻がそろった。

 私が持っているのは、最初の300巻だけである。

 買った理由は直接には、「手塚治虫の全作品を読んでみたかった」からなのだが、別途きっかけはあった。

 手塚治虫は1989年2月9日に60歳で没した。この年は1月7日に昭和天皇が87歳で崩御し、2月に手塚、そして6月24日に美空ひばりが52歳にしてこの世を去っている。元号は昭和から平成に変わったが、それ以上に手塚治虫と美空ひばりが去ったことは昭和という時代の終わりを実感させる出来事だった。

 確かこの年の10月だったと思う。とあるSFファングループの例会に出席した私は、終了後の懇親会でSF作家の堀晃さんが、ほろ酔い機嫌でしみじみ語るのを聞いたのだった。

 「手塚先生も亡くなられてしまって……手塚治虫の全集、欲しいですねえ。手元に置いておきたいです。もうちょっと本棚に余裕があったら絶対買っちゃうのだけれどなあ」

よし、思い切って300巻買うか

 手塚の死とともに、書店には追悼のムックや雑誌の特集があふれていた。それらを読みつつ、私はいかに手塚作品を読んでいないかを痛感していた。「鉄腕アトム」は小学校の学級文庫に入っていたので読んだ。「ブラック・ジャック」から後はリアルタイムで雑誌連載を読んでいたし、「火の鳥」は朝日ソノラマが復刊したタイミングで読んだ。

 しかし、追悼の文章でしきりに参照される「新宝島」「ロストワールド」「メトロポリス」「来るべき世界」などの初期作や、評価が高い連作短編「ザ・クレーター」「空気の底」などは未読だった。

 “堀さんがそこまで言うのなら、なんとしても読まねば”と思いつつ1989年は過ぎ、年末のボーナスが支給された当日、私は神田神保町にあった漫画専門書店の高岡書店に赴き、手塚治虫漫画全集を注文したのだった。

 数日後、いくつもの段ボール箱に詰まって、300巻が届いた。私は箱から一冊ずつ取り出して読んでいった。年が明けて1990年の初春。私は大きな本棚を買った。もちろん手塚治虫漫画全集を並べるためである。当時住んでいたマンションの狭い部屋には、まだ大きな本棚を置く余裕があった。私は読了した分を、本棚に並べていった。

 こうして読んだ手塚治虫漫画全集だが、私は当たり前のことを確認することになった。

 「手塚治虫といっても描いたものすべてが面白いわけではない」

 もちろん手塚は、様々な年齢層別に漫画を描き分けていて、中には当時20代後半だった自分は「対象外」の作品もあったのだが、それでも「あ、これは自分の好みではない」と思う作品もまた多かったのである。

 とはいえ、あまり知られていない作品の中にも「すごい」と感嘆せざるを得ないような作品も存在した。その中のひとつが「サンダーマスク」だった。

 「サンダーマスク」といって、ピンとくる人が思い浮かべるのは、特撮テレビ番組の「サンダーマスク」(1972年10月~73年3月 日本テレビ系列放映)だろう。中には「ババン、バリバリ、サンダー!!」という主題歌を歌える人もいるかもしれない。変身ヒーローのサンダーマスクが、地球を狙う宇宙の魔王デカンダと戦うというストーリーだ。1966年放映開始の「ウルトラマン」から始まる、巨大変身ヒーロー番組の文脈に連なる作品である。

 このテレビ版「サンダーマスク」、当時小学5年生だった自分も見ていたのだが、自分の感想はといえば「つまらない」というものだった。なぜつまらなかったかというと、魔王デカンダが何をどう見てもただのトカゲにしか見えなかったのである。一言で言うと「格好悪かった」のだった。とはいえ、放送当時の視聴率は悪くなかったそうだ。喜んで見ていた子どももまた多かったのである。

 手塚版の「サンダーマスク」は、この特撮テレビ番組のコミカライズとして描かれたもの。放映と同時期、1973年10月から翌年1月にかけて少年サンデー誌で連載している。テレビ番組のコミカライズというのは手塚作品としては異例である。

 「サンダーマスク」を執筆していた時期、手塚は虫プロダクションの経営に苦しんでいる。1971年には虫プロ経営から身を引くも、73年8月には虫プロおよび出版部門の虫プロ商事が倒産。編集者たちが「手塚もおしまいだな」と噂し合ったという。が、倒産とほぼ同じタイミングで少年チャンピオン誌で「ブラック・ジャック」が始まり、彼は劇的な復活を遂げることになる。

 「サンダーマスク」について、手塚本人は漫画全集版のあとがきで、わずか4行しか書いていない。

 この作品はもっと長くなるはずだったのですが、出版社の都合で、連載が途中で終わったものです。

 テレビでも「サンダーマスク」は放映されましたが、テレビの企画のほうが先で、雑誌はそれにしたがってかいたものです。僕の作品としてはめずらしいケースです。

(手塚治虫漫画全集「サンダーマスク」あとがき)

 「サンダーマスク」には様々な、語りたくもない鬱積した思いがあったのだろうと推察する。

映画「タイタニック」を想起させる一大メロドラマ

 が、私にとって「サンダーマスク」は、まごうことなき傑作である。確かにラストは打ち切り作品らしく早足なのだが、それを補って余りあるオリジナリティーが込められている。変身ヒーローのサンダーマスクと魔王デカンダの対立というテレビ版の構造は、完全に換骨奪胎され、かなりハードなSF作品となっている。それどころか、映画「タイタニック」を思わせるメロドラマでもあるのだ。

 物語の語り手は、手塚治虫本人。この時期の手塚作品には「バンパイヤ」に代表されるように手塚本人が時折登場している。手塚が命光一という若者と知り合うところから話はスタートする。

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